大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)681号 判決

被告人 奥天勝利

〔抄 録〕

なお被告人および弁護人の各所論に鑑み、原審が全く未決勾留日数の算入をしなかったことについて考えるに、もともと未決勾留は被告事件の審理の必要上認められる訴訟手続上の拘禁であって刑の執行ではなく、また未決勾留日数の本刑算入も刑の執行でないことは当然であって、未決勾留日数の算入、不算入は裁判所の自由裁量に属するものであるから、原審が一日も算入しなかったからといって、直ちに不当とすべきでないことは勿論であるが、その自由裁量といっても、それは恣意的なものではなく、事案の内容、審理の経過、被告人の責に帰すべき事由の有無等を勘案した通常審理に必要と考えられる日数を基準とし、これを控除した日数を本刑に算入すべきものと解するのが相当であり、右基準に照らし、その算入、不算入、とくに不算入が著しく妥当を欠く場合には、未決勾留日数の算入の趣旨が前記のとおりであるとしても、未決勾留が自由の拘束の点において刑の執行に類似するものがあるから、刑の量定に準じて判断されるべきものであり、従って刑事訴訟法第三八一条にいわゆる量刑不当の問題として破棄を免れないものと解すべきである。これを本件についてみると、被告人は昭和四九年二月一四日に原判示第一の別表20記載の窃盗罪で勾留され、引き続き同年五月一一日に保釈で釈放されるまで八七日間勾留されていたこと、また同年九月九日同表29記載の窃盗罪で勾留され、引き続き判決を言い渡されるまで勾留されていた(判決言渡の前日まで一六二日間)ものであり、従って合計二四九日間勾留されていたこと、その間昭和四九年三月一九日以来九回の公判期日を重ね昭和五〇年二月一八日の第一〇回公判期日に判決が言い渡されたことが、いずれも認められる。ところで本件においては、被告人について、昭和四九年二月二〇日から同年一〇月一七日までの間前後一〇回に亘り起訴、追起訴がなされ、そのうちには保釈中に犯したものもあり、しかもこれらを全部併合審理したことなどから、審理が長期化したことも否定できない。しかし他面被告人は起訴事実については全部認め、いずれも簡易公判手続により審理がなされているのであって、以上の審理の経過、本件事案の内容(ほとんど全部が窃盗罪である。)等を勘案し、未決勾留日数の算入に関する前記の基準に照らすと、本件については、一〇〇日に近い日数が審理に必要な日数と解され、これを超える日数を本刑に算入すべきが相当である。しかるに、原判決は前記のとおり、未決勾留日数が計二四九日あるにもかかわらずこれを全く算入していないのであるから、著しく妥当を欠くというのほかなく、原判決はその限りにおいて量刑不当として破棄を免れない。

(石田 柏井 小林昇)

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